ものがたり

 満開の桜を描き出した目をあざむく金屏風(びょうぶ)を破って1組の男女が登場すると、舞台全体に桜吹雪が現出する。男は女を手ごめにする。男は桜の森に棲(す)みついた山賊で、女は高貴な人妻だったが山賊に掠(かす)めとられたのだ。

 山賊は美そのものである女にかしずく。だが女の気位は高く、男の7人の女房を斬殺(ざんさつ)させようとする。そのなかの1人を残して下碑とし、山賊と女は桜の森で暮らしはじめる。しかし都の風が忘れ難く女は男に都へ移り住むことを命じる。

 都へ出た山賊は金銀財宝を掠(かす)めとって女の前に並べるが華麗(かれい)を極(きわ)める都の暮らしに飽くことを知らない女は、高貴な貴族たちの生首や白拍子(しらびょうし)(街娼(がいしょう))の生首を集めさせ、首遊びをはじめる。首遊びに興じる女は《女の美しさ》について、《女のいのち》について、いつ果てるとも知れない首芝居を続ける。空を一直線に飛翔(ひしょう)しつづける鳥のように。男は遂(つい)に女にかしずくことをやめて桜の森へ独り帰ろうとする。すると女はやさしい従順な風情で、わたしも山へ連れ帰っておくれと哀願するのだった。

 桜の森の満開の下で女と男はむかいあう。女から高慢は消え、男にかしずく従順な妻そのもののようであった。男は満足だった。そのとき女は突如として夜叉(やしゃ)に(鬼に)変身して男に襲いかかる。「お前の首を食ってやる!」と。男は揮身の力をこめて鬼と戦い、鬼の首をしめ殺す。桜吹雪のなかで女の声が聞こえる。「お前は孤独ということばを知らないのだね」――降りしきる桜の花びらの下で「山賊のことばでしか言えないことがある」と男が叫ぶ。見るとそこに死んでいるのは鬼ではなく、あの美しい女だった。女の屍(しかばね)の上に桜は降り積もる。そして女の屍(しかばね)は消失していた。男は花びらを掻(か)きわけて女を探す。だが女はどこにも居なかった。ただ降りしきる桜の花びら。男は刀を抜いて虚空(こくう)に斬りつける。女の悲鳴が響きわたった。人間の魂の悲鳴のように、満開の桜の森にそれは響きわたる。

 男はただ、風の中に立ち尽くす。